イタリア旅行記3日目

ローマ→フィレンツェ(3)

アカデミア美術館

タクシーの運転手の指した小路を進むと、横の建物に小さな扉があり人だかりが出来ていた。ここがアカデミア美術館の入口だ。目立つ看板があるわけではなく、分かりづらい。並ぶこともなく入ることができた。一人分のチケット代12,000リラを払い入場する。入ってすぐ、一直線の長い廊下のようなギャラリーがあるのだが、その空間に入りわたしは息をのんだ。左右の壁際に並んだミケランジェロの未完の彫刻群、そしてその奥にそびえ立つ、巨大な「ダビデ像」。まさか入場していきなり巨匠の作品と対峙することになるとは思ってもいなかった。

「にゃんてこった!」みけは、4体ある未完の「奴隷像」のひとつに駆け寄った。「げんげん、みてみろよ」
そこにあるのは、半分大理石の中に埋もれた人物像だ。高さは2メートルほど。
「これがミケランジェロの制作過程なのか!?」わたしは目の前にある『覚醒する奴隷』を凝視したままみけに語りかけた。「ふつう彫刻を彫るときは、まずおおざっぱな形を削ってからディテールを仕上げていくものだろう? この像は正面の掘り出されている部分がいきなり仕上げられて、後ろの半分はまだ大理石の塊に埋もれたままだ。まるで石の中に埋まっている化石を掘り出しているようじゃないか」
「そうなのだ。奴は自分の創作に対して、『自分は大理石に形を与えるのではなく、石の中に内在している形を掘り出しているだけ』と言っている。わが輩はこの言葉は創作の着想について言っているのだと思っていた。しかしこれを見ると、制作においても石の中のものを掘り出しているように彫っている! 奴には本当に石の中の形が見えていたんだ」
「まいった。ほかの誰にこんな芸当が出来る?! 天才なんてもんじゃない。神に与えられた才能としか思えない」未完の作品からもミケランジェロの偉大さを思い知らされた。来て良かった、と、わたしは思った。

このフロアには4体の奴隷像のほかに、「聖マタイ」「パレストリーナのピエタ」がある。いずれもミケランジェロの未完の彫刻である。
6体のの彫刻群をじっくりと味わったあと、わたしたちは奥にある「トリブーナ」と呼ばれる円形の空間にそびえ立つ巨人に近づいた。人類史上最も重要な彫刻、ミケランジェロの『ダビデ像』が目の前に立っている。
「完璧ニャ」みけがつぶやいた。「まさに完璧さのシンボルニャ!」
「あれえ、見る方向によっては、意外と薄っぺらい彫刻なんだな」わたしが像の横にまわって言った。
「いいところに気がついたニャ」みけのうんちくが始まった。「この像のもとになった大理石の塊は細長い形だったのだ。当時の名のある彫刻家たちにこの石でダビデを彫ってくれという依頼がされたが、皆断っていたらしい。大理石の強度に不安があったし、形の悪い石から力強い英雄を彫ろうにもどうも無理があったからだ。石は彫り手の現れぬまま何十年も放っておかれた」
「その仕事を引き受けたのが、負けず嫌いのミケランジェロってわけか」
「その通り。この雄々しい青年像を見てみろよ。当時26歳だった奴は、見事にやってのけたのニャ。」
ミケランジェロの話をするときのみけは本当にうれしそうだ。わたしはこのほかにもダビデ像に関する伝説をみけからいろいろと聞かされた。

像の周りには人だかりが出来ている。アカデミーの学生であろうか、デッサンをしている若者もいる。世界中から観光客が来ているのであろうが、ここでは日本人はわたし一人だった。ダビデ像以外有名な見所のないこの小さな美術館は、ツアーの中に組み込まれていないのだろう。ダビデ像ならシニョーリア広場で複製を見ることができる。

この美術館にはミケランジェロの彫刻の他にも、ルネサンス期の絵画、ゴシック期の金地板絵が多数収蔵されている。
「そろそろ次へ行こうか。またダビデ像を見に来ような」
「ああ、そうだニャ」みけは何度も何度もダビデ像を振り返って見ていた。わたしたちはアカデミア美術館を後にした。

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